グランド・フィナーレ
ベンジャミン(以下ベ)と yomoyomo(以下Y)の与太話。2005年11月27日、ドライブ途中に寄ったレストランにて。
ベ:なんか最近、サイトの更新履歴んとこに写真とか載せるようになったじゃない。君にしては珍しく
Y:ああ、あれはね、デジカメを買ったからやたらと写して見せたくなるもんでね
ベ:デジカメが出始めた頃ならともかく、今どきそういう人いるかい
Y:悪かったな。今までサイトに画像とか置かなかったからなおさらやりたくなるのかも
ベ:それに驚いた。そういうセンスのよさげな写真を使うの大っ嫌いじゃなかったか? 昔はさ、写真あっても床に丸まったやつとか変な絵だったのにさ(笑)
Y:(胸を張って)我ながら良く撮れたと思う写真もある
ベ:そういうことを言うくらい君も年を取ったということだね
Y:そう言われると……サイトを始めた頃は容量とか制限があったから
ベ:文字だけで写真などは一切使わないというのがポリシーじゃなかったの?
Y:いや、飽くまで容量の問題。でも、絵心がなくてデザインセンスがゼロなのは変わらないから、今も写真をバンバン入れようという気はないんだけどね……この対談にも写真を載せるんですかね?(笑)
ベ:今までの対談にも画像を載せるとか?(笑)再現写真撮ろうか、わざわざさ?
Y:それを言うなら、今はこういう与太話もポッドキャスティングといって、音声をそのまま配信する仕組みが広まっていて。ブログの一種だけど
ベ:君のウェブ(サイト)はブログになるの?
Y:いや、ブログじゃないよ
ベ:眞鍋かをりには勝ってるの?
Y:断然負けてます(笑)。七年近く続いたウェブサイトなわけだけど……これはしつこく言っておかなくてはならないんだけど、俺がウェブサイトをやると決めた98年の秋、アナタに真っ先に一緒にやらないかと誘ったんだけど、君はキッパリと断ったんだよな!
ベ:一人でやったから長続きしたんだよ
Y:それは認める。あと飽くまで YAMDAS Project という架空のプロジェクトであって、個人サイトだと思わなかったというのがある。今でもあれを自分のサイトだとは思っていないんだね。YAMDAS の理念のために奉仕しているつもりなんだよ。そこにウェブ日記なんて書きたくない
ベ:結果的には一人でよかったわけだよ。対談とかやっても俺が文章おこすわけじゃないし
Y:一回あったじゃない
ベ:おこしたというか、勝手に書いたというか。あれ楽しかったよ。お前はこういう感じで返事するよなと想像しながら文章を書くのが
Y:やっぱりね、モノを書いて表現するというのは基本的に楽しいもんなんだよ。ただ最近ではサイトを始めた頃は考慮してなかった問題が大きくなって、書けるものがどんどん狭まっているのを感じる。このままじゃ読書記録と翻訳だけになっちゃう
ベ:君のところは技術サイトだからね
Y:あのさ、俺の場合 yomoyomo だぜ? 「プッと笑える雑文サイト」にするつもりで始めたわけよ
ベ:サイトの方だけじゃなくて翻訳者名まで yomoyomo じゃね。それこそプッと笑われるんじゃないの? 恥ずかしくないの?
Y:恥ずかしい(笑)。初めてオフ会に出て「yomoyomo さん」と言われたときには死んでしまいたいと思った。特に翻訳をやるときに原著者に許諾をとったり連絡するときに yomoyomo じゃあね。バカじゃねえかと言われそうで
ベ:「WHY? yomoyomo? って…、なんだこのジャップは…」と
Y:おいおい。なんでうちのサイトが技術系サイトになったかというと、サイトを始めた前後に当時の会社のプロジェクトの関係で突然社内失業状態になったんだな。やはりシリアスになって、サイトがはけ口になってしまったんだね
ベ:電話番とか草むしりとかやらされたの?(笑)
Y:便所掃除とかね(笑)
ベ:JR 西日本の日勤教育みたいなのを受けてたわけ?
Y:んなこたぁない(笑)。で、方向性が決まっちゃったんだ
ベ:君が小説家志望で、俺が歌手志望だったのにそうなっちゃったわけだね
Y:お前、歌手志望だったのか?(笑)当時は暗かったわけよ。気分が暗いと文章など書けやしない
ベ:最初の一年ぐらいは暗めのコラムが多かったよね
Y:うん。暗くてもできるのが翻訳で、だから翻訳が多くなったんだな。サイトをはじめた直後から……二年半ぐらい軽度の鬱状態が続いたんだから
ベ:ネットで鬱かチェックできるじゃない。俺、アレやると重症と出るよ
Y:(苦笑)……で、2001年の夏ぐらいにようやく精神状態がニュートラルに戻った感じがしたんだけど、それぐらいに『Wiki Way』の翻訳の話があって――
ベ:いっぺん死んで
Y:死んだね、あのときは。ありとあらゆる災厄が降りかかってきて……仕事、家族の問題、そしてそこに翻訳の大仕事だから……『Wiki Way』の話というのは、未だに思い出すのがつらくてつらくて……まあ、翻訳者の事情なんてどうでもいい話なんだけど
ベ:俺は未だに Wiki とブログの違いが分からんが
Y:(笑)両方ともウェブを簡単に更新する仕組みと言えるのだけど……それらの本を二冊翻訳できたなんて素晴らしいことだよ
ベ:つまりは BASIC を簡単にした『ぴゅう太』の「にほんごベーシック」なのだな。で、君もウェブを七年やってきて……そろそろ将棋のプロでも目指すか?
Y:将棋連盟に嘆願書出してね(笑)。でも、よく続いたもんだよ……でも、来年こそは閉鎖するよ!
ベ:(はいはい)次のサイトの名前は?
Y:ないよ。はっきりいってウェブサイトをやっていることが自分の幸せにつながらないことは分かっているから。でもね……未だに恥ずかしいことに、僕は自分がもっと上手くなって、素晴らしい文章が書けるようになるんじゃないかという未練がある。多くの人にとって価値のある、何年か経って読み直しても古びない普遍的な文章が書けるんじゃないかという。その気持ちはまったく変わってない。無理な話なんだけど
ベ:ウェブサイトを作って幸せになる人っているのかい?
Y:それは多分ブログ時代の前と後では違っていて……以前言われたのに「昼のWeblog、夜のWeblog」というのがあって、乱暴に言うとそれまでは個人サイトなんて余暇に作ってたわけで、仕事とは離れたウェブ日記とかね。でも、現在では所属を明らかにして、下手すれば仕事の一部としてブログを書いている人もいる。本業とリンクして人脈が広がって転職したりするのが全然不思議でなくなっている。僕の場合、メンタリティーは完全に古い方なんだね
ベ:今やたらブログ多いもんね。猫も杓子もというか。国会議員や果ては犯罪者のブログだってある
Y:作る人間のメンタリティーは明らかに変わったんだろう
ベ:まあね
Y:ただまあウェブサイト作っていて幸せになれないと言っても、三冊翻訳できたわけでね。いろんな人に助けられたからだけど
ベ:そう思って俺は助けなかったんだよ、偉いなー俺ってさ。ところで、君のところには「祭り」とかないの? 「炎上」とかさ、君の反応を見てみたかったんだが
Y:うーん、今のところはあまり…。リアルで社交することの弊害の一つに、うっかり自分がそこそこ好かれているぐらいに思っちゃうことがあるんだね。でも、実際には濃淡の差はあれ、僕はいろんな人に嫌われていたり、憎まれていたり、バカにされていたりするんだ。それをうっかり忘れるくらい自意識が肥厚したことはある
ベ:ふーん
Y:それ以上の圧倒的大多数の人間にとって、yomoyomo なんて誰も知らないし、どうでもいいことすら見失ったことはさすがにないけど。自分が確実に一部の人間に嫌われているという意識をなくすと危険なんだろう
ベ:今回、何訳したの?
Y:邦題は『デジタル音楽の行方』になったんだけど、原題を直訳すると『音楽の未来:デジタル音楽革命宣言』というすごく勇ましい本でね
ベ:今、すごくタイムリーな本じゃない? 一般の人も関心が出てきた話題だろうし
Y:偶然、話がうまくまとまってね。今回ははじめて自分からやらせてくれと言った本なのかな
ベ:経緯とかより、俺の頭の中ではそろばんをはじいているから
Y:ん? どういうこと?
ベ:本の印税でどこに連れていってくれるのかなとか。年末は豪遊できるのかなとか(笑)
Y:殺すぞ。ほら、翻訳を上げた後に君と飲む場合、必ず「今夜の飲み代は俺が持つから」という日があるじゃない。もし増刷したら、そういう日が一日増えると思ってもらえればいい
ベ:(レコーダに向かって)みんな買ってね! 俺に幸せが廻ってくるから
Y:俺の印税がお前の飲み代になっているというのはセールスの弊害にしかならんと思うが。でも、よく三冊も訳せたと思うよ。もう今回が最後だけど
ベ:「最後だから」というのは、俺三回ぐらい聞いたことあるんだけど
Y:(笑)今度が最後でしょう
ベ:終わりは次の始まり、ですか?
Y:本当は『Wiki Way』で終わらせるつもりだったんだよね。どうしてそれで終わらなかったかというと……人生ハッピーエンドで終わってくれないんだよね。未だに痛切に覚えているのは、『Wiki Way』をやった後の2002年の年末、お前と飲みに出かけて、でもなかなか飲める店がなくてとぼとぼ歩いていると小雨が降り出して……あのとき腹が立って腹が立って
ベ:あったね
Y:あのとき俺は『Wiki Way』を死ぬ気で終わらせて、お前もおよそ十年にわたって死力を尽くしてきた問題が成功裏に片付いて……なのにお互い少しも幸せになれない。お互い終わらせることを心の糧にして生きていたのに、なおさら惨めじゃないかと
ベ:ランボー症候群だね
Y:何だそれ?
ベ:ランボーは戦いの中でしか自分の意義を見出せない……俺は戦いに戻ることはなかったが、君は二回も戦場に舞い戻ったんだよ
Y:そう言うとギャグになっちゃうけど、あのときは世界を呪いたくなった。幸せなままその記憶だけで食っていけるわけじゃないし、やり終えたところで幸せなまま死ねるわけでもない
ベ:この状況を抜け出せば何とかなると思うのだけどそうじゃない
Y:今回はそこまで落胆することもないだろうし、終わりなら終わりでもいいと思っている。体力的に持たなくなっているというのもある。サイトも来年には閉鎖ですか? ……そういえば、ブログ時代になって変わったのは、「サイト閉鎖」というのが変わったというのがある
ベ:今は「閉鎖」という言葉を使わないだろ。以前は個人事業主が多かったのが、今はフリーマーケット全盛になった印象がある。みんなじぶんちにあるものを引っ張り出してきて……以前は個人商店として品物を作っていたのが、今は自分のひきだしだけでフリーマーケットで売るという感じのブログが多いから、「閉店」か?
Y:ひでぇ表現だな(笑)
ベ:知ってもらいたい症候群なのかな?
Y:いやでも、自分にしたってサイトを始めたときは、問いかけたい言葉があるぐらいに思っていたから。当時ウェブ上で優れた仕事をしていた人たちをみて刺激を受けて、自分が何か書けるぐらい思っていたんだね
ベ:それから7年……君の子供も大きくなったね
Y:そう、もう小学生なんだ(笑)
ベ:我が子なんかより、自分のサイトを取ったと
Y:それでこうやっておっさん二人がウェブやブログがどうしたと暑苦しい話をして、幸せになれないとか愚痴っているわけだ……幸せになりたいね
ベ:幸せねえ。儚いもんだよ、横棒一本取っただけで辛くなるから
Y:へ?
ベ:ほら、「幸」から横棒を一本取ったら「辛」になるでしょ。からい
Y:誰が漢字薀蓄を話せと言った
ベ:でも、君さ、ウェブサイトを閉鎖するとなったら、最終日は前夜祭とかやるの?
Y:(笑)……どこに閉鎖前夜祭をやる管理人がいるんだよ! 聞いたこたねぇよ
ベ:打ち上げとか
Y:そういえばね。今年、すごく好きなウェブサイトの作者とお目にかかる機会があって。でも、そのサイトはほぼ休止状態なんだよ。「もう更新されないんですか?」と聞いたら、「それじゃ卒業式やりましょうか」と言われて爆笑してしまったんだけど
ベ:ははっ(笑)……(以下、卒業式の卒業生による呼びかけ風に)「僕たち」「私たちは、卒業します」「卒業します」
Y:「さあ、行こう。光の中に」(笑)
ベ:「楽しかった――」
ベ、Y:「修学旅行!」
ベ:「一生懸命走った――」
ベ、Y:「運動会!」
Y:「僕たち」「私たちは」
ベ:「卒業します」
ベ、Y:「卒業します!」
Y:ふはははっ
ベ:はい、停止。って、最後がこれでいいのかよ!!